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奈良地方裁判所 平成11年(行ウ)2号 判決

主文

一  被告が原告に対して平成一一年一月二一日付けでした土木部道路建設課平成八、九、一〇年各一一月実施の入札開札録の一部開示決定のうち、設計金額、予定価格、最低制限価格、入札書比較価格及び最低制限比較価格を非開示とした部分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、原告が、奈良県情報公開条例(以下「本件条例」という)五条に基づき土木部道路建設課平成八、九、一〇年各一一月実施の入札開札録(以下「本件公文書」という)の開示を請求したところ、被告が一部開示決定(以下「本件処分」という)をしたので、非開示とされた設計金額、予定価格、最低制限価格、入札書比較価格及び最低制限比較価格(以下「本件非開示部分」という)について、その取消しを求めている事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、奈良県の住民であり、被告は、本件条例二条一項の実施機関である。

2  本件条例のうち、本件に関する条文は次のとおりである。

「一〇条 実施機関は、公文書の開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記載されているときは、当該公文書の開示をしないことができる。八号 県又は国等が行う取締り、監査、検査、許可、認可、試験、入札、交渉、渉外、争訟、人事その他の事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあるもの、関係当事者間の信頼関係若しくは協力関係が損なわれると認められるもの又は当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるもの」

3  原告は、平成一一年一月八日、被告に対し、本件条例五条に基づき、本件公文書の開示を請求した。

4  被告は、同月二一日、原告の開示請求に対し、本件非開示部分である設計金額等は、事業執行過程等情報であって、開示することにより、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあり、また、将来の同種の事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるため、本件条例一〇条八号に該当するとの理由で開示しないこととし、その余の部分を開示する旨の本件処分をした。

三  争点

本件非開示部分は、本件条例一〇条八号に該当するか。

1  被告の主張

(一) 設計金額は、工事発注者である地方公共団体が、公共工事の標準的な施工方法を基準として標準的な施工能力を有する建設業者においてそれぞれの現場条件に応じて当該工事を施工した場合に最も妥当性があると考えられる経費を積算した合計金額であり、発注工事ごとに作成する設計書及び工種ごとの工事単価等に基づいて積算されている。

予定価格は、地方公共団体が契約を締結する際にその契約金額を決定する基準としてあらかじめ作成する価格であり、競争入札の際には落札の上限額となる。

最低制限価格は、工事請負等の競争入札の際に落札できる下限額であり、建設業者間の過当競争やダンピングによって工事原価も確保できないような低額で契約が締結され疎漏工事が行われることを未然に防止するために設けられている。

入札書比較価格及び最低制限比較価格は、入札書には消費税及び地方消費税に相当する額を除いた金額を記載することとされているため、予定価格及び最低制限価格から消費税及び地方消費税に相当する額を除いて記載された金額である。

(以下、予定価格及び入札書比較価格を「予定価格等」と、最低制限価格及び最低制限比較価格を「最低制限価格等」という。)

(二) 工事請負契約等の競争入札について、設計金額及び予定価格等を公開すると、今後の同種工事の入札に参加しようとする業者にとって、既に公表されている同種工事の入札金額や落札金額、その他公表されている資料等を照合することによって、入札しようとしている工事の予定価格等をかなり正確に推知することが可能となる。したがって、これを情報公開請求した者に開示することは、特定のものに不当な利益若しくは不利益を与えることになる上、開示を受けた入札参加業者は、将来の同種工事の入札において、推知した予定価格等にとらわれて、独自に見積もりを行う努力をしなくなり、入札参加業者間の談合を誘発するおそれが大きく、ひいては予定価格等よりわずかに低い金額で落札されることが常態となって、入札参加業者の公正な自由競争を通じて予定価格の制限内における最低価格で契約するという競争入札制度の趣旨目的を阻害するおそれが高い。

また、最低制限価格等を公開すると、予定価格等を公開する場合と同様、入札参加業者が、今後の同種工事の入札における最低制限価格等をかなり正確に推知することが可能となり、特定のものに不当な利益若しくは不利益を与えることになる上、競争入札制度の趣旨目的である入札参加業者間の自由で公正な競争が阻害されるおそれが高い。また、最低制限価格等は入札参加業者間の過当競争やダンピングを防止するために設けられているものであるが、資金力等を有する一部有力業者の価格ダンピングによる受注の偏りや、下請け業者に対するしわ寄せを招き、ひいては疎漏工事が行われるおそれも存する。

(三) 以上のとおり、予定価格等及び最低制限価格等は、いずれも事業執行過程等情報である上、これらを開示することによって特定のものに不当な利益もしくは不利益が生ずるおそれがあり、将来の同種の事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあることは明らかである。

したがって、本件非開示部分は本件条例一〇条八号に該当する。

2  原告の主張

(一) 本件条例は、県民の公文書の開示を求める権利を明らかにするとともに、情報公開を推進することで、県政に対する県民の理解と信頼を深め、参加を促進し、もって公正で開かれた県民本位の県政を実現することを目的としており、積極的な情報公開を原則としたものであるから、非公開事由の存否については被告が立証責任を負担し、その該当性についても厳格に解釈されるべきである。

社会情勢としても、行政改革審議会(平成九年一二月一二日付最終意見)及び中央建設業審議会(平成一〇年二月四日付建議)において、予定価格の事後公表を積極的に推進すべきであるとの意見が示されているほか、建設省経済局長及び自治省行政局長は、都道府県知事に対し、連名で「地方公共団体の公共工事に係る入札・契約手続及びその運用の更なる改善の推進について」と題する通知文を送付し、予定価格の事後公表、コストの内訳の公表など入札・契約制度の改善を求めているなど、情報開示の方向性がうかがえる。

(二) 公共工事の積算の仕方は公表されており、現状においても入札参加業者としては設計金額、予定価格等及び最低制限価格等についてある程度予想可能なのであるから、事後的に公表されたとしても、悪影響はない上、情報公開請求をして情報を得るために努力した者が報われるのは当然であって、特定のものに不当な利益を与えることにはならない。また、予定価格等を推知できたとしても、入札参加業者が当該公共工事の落札のために競争する関係にある限り、見積もりの努力を怠る理由にはならないし、談合に結び付くこともないのであって、むしろ、落札の実態を公にして第三者による監視を容易にし、不自然な入札すなわち談合を抑止する効果も期待される。

(三) 以上のとおり、設計金額、予定価格等及び最低制限価格等の事後公開は、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれのあるものではなく、将来の同種の事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれのあるものでもない。むしろ、事後公表した方が、県政の透明性を高め、県民において談合の有無を確認することができ、談合防止に役立つことは明らかである。

したがって、本件非開示部分は本件条例一〇条八号に該当せず、本件処分は違法である。

第三争点に対する判断

一  本件条例は、「県政に対する県民の理解と信頼を深め、県民の県政への参加を促進し、もって公正で開かれた県民本位の県政を一層推進することを目的」として、「県民の公文書の開示を求める権利」を保障し(一条)、実施機関は、本件条例の解釈及び運用に当たっては、右権利を「十分に尊重するもの」としており(三条)、これを受けて、本件条例一〇条の規定の形式も、開示請求された文書については原則として公開すると定める一方、公文書の開示を請求しようとするものの請求する権利と、当該文書に情報が記載されている個人、法人その他団体の権利利益及び公益との調和を図るため、実施機関が公文書を公開しないとする合理的な理由のある必要最小限の情報を類型化して、同条一号から八号において非公開事由として限定列挙している。このような本件条例の趣旨にかんがみると、公文書について開示請求された場合には、公開される情報の内容、性質、開示した場合に生ずる影響等を個別具体的に検討して、本件条例一〇条所定の非公開事由に該当するかどうかを客観的に判断し、これに該当しない場合には開示すべきであると解される。

二  本件非開示部分は、奈良県土木部道路建設課が平成八年から一〇年にかけて実施した競争入札六件において、開札終了後、開札事務従事者である課長補佐又は庶務課長が作成した開札録(甲二)のうち、設計金額、予定価格等及び最低制限価格等の金額部分であり、本件条例二条二項所定の「公文書」に該当する。

そこで、以下、本件非開示部分が本件条例一〇条八号所定の非公開事由に該当するか否かについて検討する。

1  本件条例一〇条八号は、現在又は将来における県又は国等が行う事務事業の公正・円滑な執行を保障するため、県又は国等が行う事務事業に関する情報であって、その内容及び性質からみて、開示することにより、①当該事務事業の目的が損なわれ、②特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあるもの、③関係当事者間の信頼関係若しくは協力関係が損なわれると認められるもの、又は④当該事業若しくは将来の同種の事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるなど、県民全体の利益を著しく損なうこととなるおそれがある場合には、開示しないとすることができる旨規定したものである。

2  本件非開示部分は、奈良県土木部道路建設課が実施した競争入札における予定価格等及び最低制限価格等であるから、県が行う事務事業(入札)に関する情報に該当するものと認められる。

3  次いで、予定価格等を開示することにより、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生じ、将来の同種の事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生じるなど、県民全体の利益を著しく損なうこととなるおそれがあるか否かを検討する。

(一) まず、本件非開示部分である設計金額、予定価格等及び最低制限価格等の競争入札制度における意味・役割を見ると、以下のとおりと認められる(弁論の全趣旨)。

設計金額とは、発注者側の設計・積算担当者が、もっとも妥当性があると考えられる標準的な施行方法を想定し、仕様書、設計書等に示された契約内容に基づいて、標準的な業者が施行する場合に必要と思われる適正な費用をあらかじめ推測し算出した金額である。

予定価格とは、普通地方公共団体が契約を締結する場合にあらかじめ作成する契約価格の一応の基準となる価格であり、普通地方公共団体は、競争入札に付する場合には、予定価格の制限の範囲内で最低の価格をもって申込みをした者を契約の相手方とすることとされているから(地方自治法二三四条三項本文)、予定価格は実質的に契約予定金額の上限として機能する。予定価格は、仕様書・設計書等の内容、取引の実例価格及び需給状況、履行の難易、数量の多寡、履行期間の長短等を考慮して適正に計算した額、すなわち設計金額を基礎として、金額が決定される。

最低制限価格とは、それを下回る金額で入札した者が失格になる限度の金額であり、技術上常識で考えられないような低価格での落札による契約という事態を防止し、工事等の品質や安全性等当該契約の内容に適合した履行を確保するためのものであり(地方自治法二三四条三項ただし書、同法施行令一六七条の一〇第二項)、入札書比較価格及び最低制限比較価格は、予定価格及び最低制限価格から消費税相当額を差し引いた金額である。

(二) このように、予定価格及び最低制限価格は、地方公共団体が行う競争入札において契約を受注するための上限及び下限を画する金額であり、設計金額は予定価格を算出する基準であることからすれば、これらを公開すると、入札参加業者は独自に見積もりをしなくても予定価格に極めて近似した価格で入札することができ、また、最低制限価格を下回らないよう入札することで確実に落札できることになって、競争相手たる入札参加業者との関係で極めて有利な地位に立つことになり、入札参加業者間の公正かつ真摯な競争により地方公共団体にとって最も有利な契約締結を保障しようとする競争入札制度の本旨にそぐわないことは否定しえないところである。

しかしながら、右に指摘した点は、入札前に設計金額、予定価格等及び最低制限価格等が公表された場合に当該入札において問題となるところであり、過去の入札における設計金額等を事後公表した場合においては、そもそも当該入札事務につき直接的な支障が生じることはあり得ない。また、事後公表された設計金額等をその後の同種工事の入札における設計金額等を予測するために参考にしようとしても、地方公共団体が行う工事には様々な種類のものがある上、同種工事であっても、工事の対象、目的、時期的・地域的条件などによって各工事の構造・仕様にはそれぞれ特殊性があり、施工技術の進歩や経済情勢の変化等の事情も考え併せると、過去の入札における設計金額等を事後公表によって知り得たとしても、将来の競争入札における設計金額等の予測には一定の限界があると考えられる。さらに、公共工事の積算の仕方はかなりの部分が公開されているので、現在においても、入札参加業者は既に開示された情報をもとに設計金額等をある程度推測することができるのであり、これを事後公表することによって、将来の競争入札における設計金額等の予測がどれほど確実容易になるのかも不明であり、設計金額等の事後公表が、現在の入札参加業者の見積もりの努力をどの程度失わせることになるのかについては疑問が残るといわざるを得ない。加えて、仮に設計金額等の事後公表が将来の競争入札における設計金額等の予測に多少役立ったとしても、これと入札参加業者の間で受注を目指して競い合う関係が維持されるかどうかは別問題であって、入札参加業者間の談合を招くか否かは別の要因に負うところが大きいと考えられる。これらの事情を考慮すると、過去の入札における設計金額等を公表したとしても、特定のものに不当な利益若しくは不利益を生じさせたことにならないことはもちろん、奈良県における将来の入札事務の公正かつ円滑な執行に著しい障害を生じさせることになるとまでは到底認め難い。

むしろ、地方公共団体の行う競争入札に対し不透明であるとの批判が高まっている社会情勢(甲八、九)をふまえて考えるならば、設計金額等を事後公表することにより、県民に対し、予定価格と実際の落札価格とを比較し、あるいは予定価格と民間工事価格とを比較することによって、競争入札制度が公正かつ適正に機能しているかどうか検証する機会を保障し、競争入札制度の透明性を確保することは有益であると考えられ、結果として、談合を抑止する効果も期待しうるというべきである。

(三) したがって、本件非開示部分は本件条例一〇条八号の非公開事由に該当しない。

三  以上のとおり、本件非開示部分は、本件条例一〇条八号所定の非公開事由に該当せず、開示されるべきものであるから、本件処分のうち本件非開示部分を開示しなかった部分はいずれも違法であって取消しを免れず、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 川谷道郎 裁判官 松山遙)

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